【どうか元気になりますように】

 

     空は晴れ渡り、筋雲がかすかに浮かんでいる。

     この日、昌浩は物忌みに当っていた。

     自室で文台に向かい、パラパラと書物をめくる。

     日差しは暖かく、鳥の鳴き声が心地よい。

     「はーーーーーっ。たまにはこんな風にのんびりするのもいいねぇ〜もっくん」

     「そーだな〜晴明の孫」

     「孫言うな!」

     「じゃあ、もっくん言うな!」

     ふだんならここから大舌戦が繰り広げられるのだが、あまりに心地よい陽気のためか、

      
お互いに顔を見合わせるだけだった。

     「・・・・・それにしてもさー」

     「ん?どうした」

     「いやさー、なんか前の物忌みからそんなにたってない気がするんだけど」

     「・・・・・・・・」

     あの安部晴明と呼ばれるほどの陰陽師にとって、物忌みの日を多少ごまかす事ぐらいぞうさもない。

     まして、相手は作暦の苦手な昌浩だなのだから。

     昌浩よ、これも晴明の愛だ。

     物の怪がなにやら遠い目をして黙り込むと、それを不思議そうに見ていた昌浩の耳に

     軽い足音が聞こえてきた。

     「昌浩、入ってもいいかしら?」

     「彰子?うん、いいよ」

     _________なんというか、昌浩は成人男性で彰子は成人女性。

     常識的にこれはどうもいかんと思うのだが。

     物の怪はぼんやりとそんな事を考える。

     しかしまあ、言ってもきかんだろうし、それ以前に天然なこの二人の事だ。

     何を言われているかも分からないだろう。

     「はい、昌浩。お茶をどうぞ」

     「あっありがとう。・・・・・・・・・・・ってぇええーーーーーーーーーーー!?」

     彰子のてにはお盆にのせられた、熱いお茶入りの湯飲みが二つ。

     「あっあっ彰子、おっお茶、お茶って・・・」

     「昌浩、物忌みでしょう?だからお茶でもどうかと思ったんだけど・・・」

     「自分で入れたの!!??」

     「?そうよ?」

     昌浩は完全に固まってしまった。

     さすがに物の怪も口をパカっと開けてあんぐりしている。

     今は安部家にいるとはいえ、彰子は左大臣道長の娘で藤原の一の姫。

     その姫が昌浩にお茶を入れたという。

     本当にいろんな意味でこの姫はすごい。

     昌浩に至っては彰子が姫だという事に加え、お茶という大変熱く、危険なものを自分で入れ、

     運んできたという彰子に心配が頂点に達したというところだろう。

     「・・・・・お茶、入れないほうがよかった?」

     不安げにしながら上目遣いで彰子が尋ねる。

     これには昌浩も慌てた。

     「そっそんなことないよ!お茶を入れてくれたのはすっごいうれしんだけど・・・・」

     あーだのうーだのと言葉を並べる昌浩を横目に、物の怪は彰子の後ろに穏形している朱雀と天一に目を向ける。

     「おい、お前ら・・・」

     (俺が持とうといったんだが・・・・)

     朱雀によると、物忌みとはいえ久々にゆっくりできる昌浩のために、彰子は露樹に茶葉の合わせ方を教わり、

     彰子の合わせた茶葉でお茶を入れたのだという。

     さすがに茶の入れ方は朱雀にはよく分からないし、天一にやらせるわけにもいかないので、

     ハラハラしながら彰子の様子を見守っていたのだが、

     やがて準備が整い、いざ運ぶ時にその役目を朱雀が申し出たところ・・・・・・

     「この茶葉の中にはね、疲れを取る香の葉が入ってるの。

      少しでも昌浩が元気になるようにって願いながら入れたのよ。

      だから最後まできちんとやってみたいの。

      途中で投げ出すと願いが届かないかもしれないでしょ?

      ありがとう朱雀、でも今日は私にやらせてくれる?」

     話を聞いた物の怪はあらためて彰子に目を向けた。

     なんてけなげな。

     彰子よ、お前は本当にけなげだ。

     (さすがにそこまで言われては無理に運ぶわけにもいかないだろう。

      仕方なく姫に任せたわけだ)

     「・・・・ごくろうさん」

     物の怪は初めて朱雀が心底あわれになった。

     (それにしても、ずいぶん見せ付けてくれるな)

     「いや、お前が言うなよ」

     ふだんしっかり天一と二人して見せ付けてくれる朱雀にいわれても、

     説得力もなにもあったもんじゃない。

     しかしまあ、場の空気が非常に甘いことは確かなので反論もできない。

     その場にいる神将三人はまったく同じ気持ちだった。

     その神将を代表して物の怪が一言。

     「・・・・・・おあついことで」

 

 

     ____________________________________________

 

     「・・・・・・とにかく、お茶ありがとう彰子」

     とりあえず一件落着といったようで、昌浩はちょうど良い温度になったお茶をすする。

     それを、彰子はじっと見つめていた。

     「・・・・・昌浩、お茶おいしい?」

     「えっ?うん、おいしいよ」

     昌浩が創意って微笑むと彰子は本当にうれしそうに笑顔を向ける。

     空気が甘い。

     神将三人にとって、その場はとてつもなく居心地が悪かった。

     「あれ?なんだろ。なんかいい香がする・・・・」

     昌浩はお茶を眺めながら首を傾げる。

     彰子は一瞬ぴくっと動いたかと思うと昌浩を見つめた。

     「昌浩・・・・その香、どう思う?」

     「うーん。・・・・・すっごく優しくて、癒される感じかな」

     それを聞いた彰子は満面の笑みをその顔に浮かべた。

     「・・・・・いい加減にしてくれ」

     疲れたような声はもちろん物の怪のもので、その顔からは居心地の悪さが窺える。

     近くに穏形している朱雀も物の怪と同じように苦い顔をしていた。

     (・・・・・居心地が悪い)

     「いつもお前らがやってる事だ。この際考え直してみろ」

     (・・・・・)

     物の怪の言葉に何もいえない朱雀に対し、天一は昌浩と彰子の様子を

     子を見る母のような優しい目で見つめていた。

 

     いつもいつも人知れず京の都を駆け巡っている昌浩。

 

     本当はとても疲れているのだろうけど

 

     決して休まず働いている。

 

     たまの物忌みの日ぐらいゆっくりと疲れが取れるように

 

     どうか元気になるようにと

 


     切なる願いをこの茶葉にのせて______________________________

 

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      あとがき

        やってしまいました、昌浩×彰子小説!
        彰子の天然っぷりと、昌浩の慌てっぷりは書いてて楽しかったですv
        始めは「大切なもの」ってタイトルだったんですけど
        どこをどう間違えたか、タイトルと全然合わなくなってしまったので変更。
        次は昌浩一人称とかやってみたいですv

 

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