私がこんなことを言ったら、お前は呆れるだろうか?
それとも、いきなりどうしたのだ、と驚くだろうか?
まあ、
たまには私も・・・・
変わったことをしてみてもよいではないか・・・。
花の導
香しい花の香りが辺りに流れる。
花の香りを運ぶ風は緩やかに辺りを満たし、その穏やかな流れが心地よい。
上向けば二羽の鳥が舞いながら飛び去っていった。
気楽なものだと、思った。
悠久の時を生きる我らにとって、永遠の安らぎは、訪れはしないのだから。
「・・・・こんなところで何をしている、勾よ」
突然、上から声が降ってきた。
片膝を立てて座ったままの状態で上向けば、呆れたような金の瞳と視線が重なった。
「お前こそどうしたのだ、騰蛇」
呼びかけられた騰蛇――――紅蓮は勾陣の隣にどかっと腰をおろすと、諦め交じりに嘆息した。
「どうしたもこうしたも、また晴明が急に息抜きして来いと言ってほり出しやがった」
些か不満である様子の紅蓮を見つめて、目をぱちくりさせていた勾陣は、堪えきれなくなって浅く笑い出した。
「――――〜〜〜〜勾っ!!」
「ふっ、くくくっ・・いや、悪い。まあ、お前も晴明が何もないのにそんなことを言うやつではないと分かっているだろう?」
「っ・・・・」
勾陣の面白がるような表情に、紅蓮はうっと息を呑む。
正論なので反論も出来ない。
晴明は稀代の大陰陽師と言われるだけあって、人の動きに敏感だ。
ちょっとした表情の変化や、口調に現れる嘆息、いざと言う時の反応など、さまざまな角度からその人の状態について判断する、確かな目を持っている。
その晴明が紅蓮に『息抜きして来い』と言ったのだ。
それは、あるいは本人以上に正確に、その人の状態を表す言葉だ。
ここ最近、昌浩は妖怪退治やら、陰陽寮の仕事やら、果ては異邦の妖異など、とにかく忙しかった。
昌浩本人もボロボロになっていたが、ずっと一緒に戦っていた紅蓮もそうとう疲れていたのだろう。
本人が気づかぬほどに。
いや、こいつの場合、気づいていながら気づかぬ振りをしていただけかもしれないが。
とにかく、晴明が言った以上、それは確かであり、事実であり、答えだ。
疑う余地はどこにもない。
「観念するんだな」
勾陣が喉の奥で面白そうにくつくつと笑いながら告げると、紅蓮はばつが悪そうに肩をすくめた。
「で、勾。お前は何でこんなところにいたんだ?」
今更と言えば今更な質問に、勾陣は心の中で笑った。
さすがに今笑うと紅蓮とて気を悪くするだろう。
ともすれば安部邸に帰ってしまいかねない。
もう少しここで話していたいと、勾陣は思った。
「私も似たようなものだ。突然暇を言い渡された」
繕って真顔で答えると、紅蓮は幾度か目を瞬かせた後、恨めしそうに勾陣を眺めやった。
「・・・・結局お前も同じなんだろうが」
「お前ほど無理をしてはいないさ」
薄く微笑を浮かべると、紅蓮は思いっきりため息をついた。
ふと勾陣に視線を投げやると、勾陣はどうした、と言うように軽く首をかしげている。
そんな勾陣を見つめながら、紅蓮はふっと口元を緩めた。
「・・・いや、こうやって二人で話すのも久しぶりだな」
「ああ・・・そう言えばそうだな」
珍しい紅蓮の一言に、勾陣は多少驚きつつも微笑を返す。
紅蓮がこういった表情をするのは本当に珍しい。
だが、勾陣は知っている。
彼がこういった表情を見せるのは自分に対してだけなのだと。
晴明や昌浩に向ける表情とはまた違った、暖かい笑顔。
きっと自分も同じ表情をしているのだろうなと思う。
だって心は同じなのだから。
「なあ、騰蛇・・・・愛しい、とはどういうことなんだろうな・・・」
勾陣の言葉に、紅蓮は目を見開いて固まっていた。
ああ、驚いているな、と他人事のように思った。
まあ、当然の反応だろう。
勾陣がこのての言葉を口にすることなど、本当に珍しいのだから。
「・・・・・どうした、いきなり」
ようやく平静を取り戻したのか、切れ切れながらも紅蓮は勾陣に問い掛けた。
勾陣はその反応を面白そうに眺めやりながら、紅蓮と視線を合わせて答える。
「さあな。言ってみただけだ。・・・・変わったことはしてみるものだな、人が驚いている反応を見ると言うのは、なかなか面白い」
くつくつと浅く笑いながら勾陣は面白そうに告げる。
そんな勾陣に、紅蓮はいささか気分を害した風情でじっと、と勾陣をねめつけた。
「何なんだお前は」
「フフッ、気にするな」
今日は気分がいいのかよく笑う。
紅蓮はそんなことを考えながら、先程の勾陣の言葉を考えていた。
まさか思いつきだけで言ったわけではあるまい。
だが、そんなこと、考えるまでもなく分かりきっているではないか。
『愛しい』
その言葉の意味は一つしかない。
そしてそれは何より大切な言葉だ。
人は自分の思いを表すとき、その言葉を使う。
人が心からその言葉を使うのであれば、人もまだまだ捨てたものではないなと思う。
人よりもずっと長い時を生きてきた十二神将、紅蓮。
そんな長い時を生きてなお、その言葉を使うに値する者は三人しかいない。
その内の一人に優しい微笑を浮かべながら、そっと口を開いた。
「騰蛇?」
「『愛しい』の意味なんて、一つしかないだろう?俺は昌浩が愛しいと思う。・・・・変な目で見るな」
勾陣はじとっと紅蓮を見つめている。
どうも嫌な勘違いをされているようだ。
「・・・・・騰蛇」
「・・変な誤解をするな。俺が言いたいのは、昌浩が大切だと言うことだ。愛しいとは大切だと言うことだろう?俺は昌浩が大切だ。俺に光をくれた存在、晴明を超える存在、次代の主だ」
そんなことは勾陣も分かっていた。
紅蓮が言いたいのは、つまり昌浩を守りたいという事だろう。
それは友として、仲間として、主として、なにより己に手を差し伸べてくれた輝ける存在として。
紅蓮と昌浩を知っているものならば誰でもわかるところだ。
・・・・決して変な意味ではなく。
「晴明もだが・・・愛しいと言う表現は似合わないな」
「・・・・それはそうだろう」
想像してほしい。歳よりは幾分若く見えるものの、皺の刻まれた稀代の陰陽師に『愛しい』という表現は、果たしてしっくりくるだろうか。
・・・・気持ちと意味はちゃんと伝わるので、ここは別の言葉を用いたいところだ。
「まあ、いいたいことは分かるだろう?つまりは大切だと言うことだ。守りたい、ということだ」
紅蓮の締めくくりに、勾陣はきょとんとしながら目を瞬かせた。
まさか本気で考えてくれるとは思っていなかった。
だがしかし、紅蓮のおかげで心のわだかまりが溶けた気がする。
綺麗な言葉で固めても、結局のところ、その意味は至極単純だ。
いや、単純な言葉のほうが、思いは伝わるものなのかもしれない。
それはただ、思いの問題なのだから。
「・・・そうだな」
勾陣は笑みをこぼしながら呟く。
そしてふと思い当たって、紅蓮に問い掛けた。
・・・・本当は、その答えなど分かってはいたけれど。
「お前はさっき愛しいと思うやつは三人いると言ったが、昌浩、晴明、もう一人は誰なんだ?」
勾陣が軽く首を傾けつつ口にした疑問に、紅蓮は思いっきり呆れた表情をした。
「・・・・お前なあ」
「何だ?」
人がこうもあからさまに呆れた表情をしているのを見るのは面白いものだ。
そんなことを考えながら返答を待っていると、紅蓮が大きなため息をついた。
「分かっている事をいちいち聞くな」
その返答に、勾陣はきょとんと目を見張る。
「何だばれていたのか」
「当たり前だ。いったいどれだけの付き合いだと思ってるんだ」
心底呆れたような紅蓮の表情に、勾陣は嬉しさを隠せなかった。
普通ならここで動揺の一つもあるものだろうが、長年の付き合いで培った信頼によって、気恥ずかしさよりもむしろ嬉しさの方が上回る。
「ならば、私も愛しいと思うものは三人だな。昌浩、晴明、・・・もう一人は誰だと思う、騰蛇よ」
悪戯っぽい笑みと共に問い掛ければ、またもや紅蓮は呆れた様な表情で額に手を当てながら勾陣を見返した。
「・・・だから、分かっている事をいちいち聞くな」
「そういえばそうだったな」
勾陣はくつくつと面白そうに笑う。
しばらく呆れていた紅蓮も久しぶりに楽しそうな勾陣につられて、その秀麗は顔に微笑が浮かぶ。
「たまにはこういうところで過ごすのも良いかもしれんな」
「・・・そうだな」
こんなに素直に笑い合えたのも、二人の周りに咲き誇る、艶やかな花たちのおかげかもしれないから――――――
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あとがき
久々アップの小説がこんなんだなんて・・・・・・
申し訳ない限りです。
そして初紅蓮×勾陣小説!!
ずっとやりたかったので、できて嬉しいですv