「・・・・そろそろね」

月を見上げつつ、蓬華は一人呟く。

その顔に笑みさえ称えながら。

「さあ、久方ぶりに旧友に会いに行くとしましょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

来という事 2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

貴船本宮の奥、いつもの岩の上に高淤の神は座していた。

先ほど来た、気に入りの子供の落胆の表情がよみがえる。

どうにかしてやりたいが、一人では無理だ。

ここは、久しく会っていない旧友の手を借りる必要があるようだ。

「考え込む前に私の所に来ればいいのにねえ」

ふと、懐かしい声が聞こえてきた。

とたんに凄まじい神通力が爆発した。

それは、今まで押さえ込んでいた、高淤の神に通じるほどの、力。

「・・・・・・・・・蓬華、か。何でお前はいつも行こうとする前に来るんだ」

手を借りなければと思っていた旧友が突如現れたことに、高淤はむっとする。

「私は未来を司る先見神。当然でしょ?」

蓬華は楽しそうに笑う。

「・・・・・・・・・・お前の目には全て映っているのだろうな。

これから起こりうることも、起こすべき者も」

高淤はついと目を伏せる。

久しく会っていなかったというのに、この旧友はいつまでたっても変わらない。

全てを見透かしていながら、何一つ、語ろうとはしない。

未来を変えることなどたやすく出来るにもかかわらず、全てを人に託し、ただ、見守る。

優しく、かつ、厳しい存在。

「たとえ見えていても、たとえ変える事が出来ても、そこに人の思いが伴わなければ意味がない。

心からの願いのみが神を動かすのと、それはなんら変わらぬ同じこと。

偽りなき心からの願いのみが、私に届くのよ」

蓬華は微笑を称えている。が、その目は冷たさを帯びていた。

蓬華は高淤に近づくと、まるで風に乗るかのようにふわりと、岩の上に座る高淤の前に降り立った。

「で、私に何の用かしら?」

「・・・・・・・・・・分かっているだろうが」

高淤は呆れ交じりに蓬華を見つめる。

この旧友が安部晴明のもとにいつまでも留まっている意味がよく分かった。

・・・・・・・・・・似たもの同士、という事なのだろう。

「まったく。久しく会っていないと思えば、お前は人界の一つどころに留まっているし。

そろそろどこかの祭神にでも上ればどうだ」

「いやよ、私は自由がいいの。

どこぞの神みたいに崇められていては、鎖につながれているも同然だわ」

「・・・・・・・・彼の大神に仕えていたのはお前だろう」

「私に尊敬の念を抱かせる事が出来たなら、仕えるわ。

今のところ、それが出来たのはあの方だけ」

軽口を叩き合えるのも、上下の関係ではなく、ひとえに友だからだ。

二人がお互いを友と呼んでいるのも、二人の力が等しく近いから。

蓬華は高淤の神に肩を並べるほどに。

高淤は蓬華の神に---------いや、天癒の神に肩を並べるほどに。

蓬華は本来、人界に意味もなく留まるような程度の神ではない。

高淤が言うように、それこそどこかの祭神として崇められるべき神通力の持ち主なのだ。

だが、蓬華はそれを望まない。

それはただ、自由を欲するから。

「・・・・・・・・あの子供の声、お前に届いているか?」

高淤は顔つきを急変させ、先ほどとは打って変わって厳しい表情を作る。

蓬華も同じ様子だった。

「・・・・・残念ながら、まだ。・・・・・・・・・認めたくないという思いが、強いんでしょうね」

いつも間近で昌浩を見てきた蓬華は、痛ましげに目を伏せる。

「・・・・・・・・・我が手を貸すべき時は、来るか?」

それは高淤の神の力で彼のものを救う事が出来るかという事。

蓬華は暫し沈黙し、やがてゆっくりと目を開いた。

「・・・・・・・・・未来は変わる。願えば必ず。それは人であれ、神であれ」

高淤はしばらくした後、フッと微笑んだ。

蓬華が口に出せば、未来は動かしようがなくなる。

故にこの先見神は、言葉を選んで告げたのだ。

その時は来ると。

決して諦めるなと。

「・・・・・・・・・そうか。わかった」

ならば我はその言葉を信じよう。

もはや数える事も忘れたほどの時を共にした、唯一無二の旧友の、言の葉を。

 

 

 

 

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あとがき

  今度は高淤様とのお話でした。
  まあ、蓬華は実はすごい神様だったという事です。
  しかし、いつまで続くかなあ、これ。

 

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