【存在理由】

 

______________暗い、闇の中。

「ここは・・・・・異界?」

天一は深い闇の中にいた。

彼女のそばにいつもいる、あの火将の姿が見当たらない。

「私はどうしてこんな所に・・・・・・朱雀?」

見れば前方から朱雀が近づいてくる。

ゆっくりと、優しい眼差しを向けながら。

「朱雀!」

天一は嬉しそうに彼の名を呼ぶ。彼も微笑み返した。

天一のすぐ目の前まで来ると、彼はいつものように彼女の名を呼んでくれるはずだった。

「朱雀、どこへ行って・・・・・・・・・」

「天一」

天一ははっとする。見上げれば優しい瞳がこちらを見下ろしていた。

けれど、その瞳に写るものは“友情”

「どうしたんだ、こんなところで」

「・・・・・・・朱雀?」

「早く来いよ、天一。俺は先に行ってるからな・・・・・・・・・」

「朱雀!!」

言う間に彼は踵を返して歩き出す。

そのまま、天一の呼び声に振り向くことなく歩み去り、直に見えなくなった。

天一はその場にくずおれる。

朱雀は最後まで“天貴”という名を口にする事はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

天一は、はっと目を覚ます。

全身が汗で冷たくなっている事が分かった。

外はまだ漆黒の闇に包まれている。

彼女は移し身の術を使ったために伏せっていたのだが、もうだいぶ動けるようになっていた。

天一は起き上がると、何度か荒い呼吸を繰り返す。

夢がまぶたの奥に焼きついて離れない。

深い闇の中で、彼女は何度も朱雀を呼んだのに、彼が駆けつけてくれることはなかった。

そして、天一の名を呼ぶことも。

ふと、妻戸の外に目を向けると、彼女の身を案じていつも妻戸の外にたたずんでいる朱雀の影がない。

突然、天一は恐ろしいまでの恐怖にとらわれた。

やはりあれは夢ではなかったのかもしれない。

もう二度と、彼は彼女の名を、彼だけに許された名を呼ぶことはないのかもしれない。

天一はほぼ無意識のうちに外に飛び出していた。

そこには、月明かりを浴びて庭にたたずむ朱雀の姿があった。

天一は安堵と共に残る不安を感じて、ペタンとその場に座り込む。

「・・・・・・・・・・朱雀」

思わずポツリと呟いた言葉に朱雀がこちらを振り返る。

そして、あわてて天一の下に走り寄ってきた。

「どうしたんだ、こんな時間に」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

天一はジッと朱雀を見上げる。

その瞳に映るのは_______________不安。

もしかしたら名を呼んでもらえないかもしれない。

そう思うと、彼の言葉を聞くことがひどく怖くなった。

「どうした?苦しいのか?」

「・・・・・・・・・・朱雀」

お願いだから、私を天一とは呼ばないで。

あなたを信じたいのに、胸に残る不安が消えない。

お願いだから、私を天一なんて呼ばないで_____________________

 

「天貴」

 

そういって朱雀は天一を抱きしめる。

彼女のいつもと違う様子に気づき、落ち着かせるように名を呼んだ。

「どうした、天貴。何かあったのか?」

天貴。あなたに呼ばれた私の名前。

天一は深い安堵と共に、静かに涙をこぼした。

朱雀は天一が落ち着くまで彼女の頭をなで続ける。

やがて天一が落ち着きを取りもどすと、朱雀は静かに問いかけた。

「天貴、何があった?」

「・・・・・・・・・・夢を見たの」

天一はポツリポツリと語りだす。

朱雀の衣をつかむ彼女の手は震えていた。

「・・・・・・・・・・・・くらい闇の中にいるの。私は一人ぼっち。・・・・・・・・・・そこに、あなたが来たの。

 私はうれしくてあなたの名を呼んだら、あなたは私を“天一”って呼んだの・・・・・・・・」

その言葉に朱雀は天一を見下ろす。

天一はその身を小刻みに震わせ、朱雀の衣をつかんだ指は白くなっていた。

「・・・・・・・・・・ずっと名前を呼んでくれなくて・・・・・・・私が呼んでも振り返ってくれなくて・・・・・・・・・・

 私の名前は死んでいったの・・・・・・・・・・・・・」

怖かった。あなたが私を天貴と呼んで、抱きしめてくれるまで、ずっとずっと怖かった。

「天貴」

朱雀は天一を抱きしめる力を強める。

か細い彼女の体が一層小さく見えた。

「俺はずっと天貴の傍にいる。天貴と呼んでいいのは俺だけだ。

 その分、俺がずっと天貴と呼ぶ。・・・・・だから、安心しろ」

決してお前の名を死なせたりはしない。

名前が死ぬという事は、その存在がなくなるという事だ。

“天貴”という名で呼ばれなくなれば、天一という存在は残っても、天貴という存在が消えてしまう。

そんなことはさせない。

俺はずっとお前の名を呼ぶから、だから、そんな顔をするな。

「天貴」

名を呼ばれて天一は朱雀を見上げる。

彼の瞳に映るものは_____________深い愛情と愛しさ。

そうだ。

彼はいつも私の名を呼んでは優しく深い愛情を向けてくれた。

疑う理由など、はじめからなかったのだ。

「朱雀・・・・・・・・・・・」

 

 

ねえ、これからも私の名を呼んで

 

 

そうして微笑んでね

 

 

私もずっとあなたの名を呼ぶから

 

 

ずっと、ずっと・・・・・・・・・・・

 

 

 

それが私の存在理由

 

 

 

 

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 あとがき

   初の朱雀×天一小説です。
   この二人を書こうとするとどうしてもギャグっぽくなってしまうので、
   シリアスにしてみました。

 

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