私は弱い
十二神将だと言っても、主を守る力さえない
こんな私は
晴明様のお傍にいても良いのでしょうか・・・・・・
忘れられた笑顔
「・・・・・朱雀」
自室の茵に横になった晴明が、何もない空間に声をかける。
すると、瞬き一つの間に朱雀が顕現した。
「何だ、晴明」
朱雀は腕組みしながら答えを待つ。
丁度その部屋には朱雀、青龍、勾陣、天后がいた。
と、その時、どたどたという足音が聞こえてきた。
「昌浩が帰ったか。玄武、太陰、ちょっと行って呼んできてくれるか?」
《分かった》
穏形したままの状態で子供のような高い声が響く。
しばらくした後、昌浩、物の怪、六合が入ってきた。
「何ですか、じい様」
昌浩は言いつつ首を傾げる。
六合まではさすがに部屋に入りきらなかったので、妻戸と部屋の境に腰かけていた。
「・・・・・・・・・どうして天一は笑わないのじゃろうな」
ポツリと呟かれた言葉。
しかしその場に居た全員を驚愕させる、最大の言葉だった。
「晴明・・・」
「わしが気づいておらんとでも思っておったか」
その場に居た全員が痛ましげな表情を漂わせる。
とくに朱雀は辛さをかみ締めているようだった。
晴明が高淤の神に助けられて以来、天一は笑わなくなった。
まるで笑顔を忘れてしまったかのように。
目元を和ませる事はあっても、決して笑う事だけはしなかった。
時折目にする姿と言えば、朱雀に抱きしめられながら泣いている、その姿。
その姿はあまりに痛々しく、見ている方が辛くなるような光景だった。
「・・・・・彰子が」
痛いほどの沈黙を破ったのは昌浩だった。
「天一が元気がないって。そんな姿を見ているのが辛いって、言うんです・・・・」
昌浩はこぶしを握り締めながら、そのまま視線を落とす。
天一が苦しんでいる理由は誰もが知っていた。
彼女は優しい。
それゆえにだれも、何も言えないのだ。
たとえ、そのせいで主や姫が苦しんでいようとも。
彼女が苦しむのは、彼女が優しいという証拠だから。
「そうか・・・・彰子様が・・・・」
晴明の言葉に、目に見えない重圧がのしかかる。
「・・・・・・・・・天一が笑わないのは、わしのせいじゃな・・・・」
「「「「「「「!!??」」」」」」」
その場にいた者達全員が晴明を見やる。
その表情は、何物も映さぬ土の鏡のように、感情を読み取る事ができない。
「・・・・・・・・っそれは・・・・」
「わしが元気であれば、天一に辛い思いをさせることもなかったのだがな・・・・」
そう言って目を伏せる晴明に、もう誰も、何も言えなかった。
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「彰子姫、そろそろお手を休めてはいかがですか?」
彰子は昌浩の部屋で衣を繕っていた。
その傍らには、いつものように天一がたたずんでいる。
もうそろそろ昌浩が帰ってくる刻限だ。
ですから、そろそろ休まれては、と天一は言外に告げていた。
「もうそんな刻限?」
「ええ。・・・・ああ、昌浩様もお帰りになったようですよ」
天一がそう言うのであれば、間違いなく昌浩達は帰ってきたのだろう。
が、いつもならば真っ直ぐに自室へと向かってくるというのに、今日はなかなか来ない。
いったいどうしたというのだろう。
彰子はそんな事を考えながら、天一に礼を述べる。
「ありがとう、天一」
言われた天一は、フッと目元を和ませると、一礼して穏形した。
天一の気配が遠のいていく。
どうしたのかと思えば、入れ違いに玄武の気配が近づいてくるのが分かった。
同時に、どたどたという足音も聞こえてきた。
彰子は寂しそうに手元に視線を落とす。
やはり天一は、あの花のような笑顔を見せてくれる事はないのだ。
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昌浩の部屋を後にした天一は、その顔を歪ませた。
急ぎ、庭の端に出ると、涙が零れ落ちる顔を手で覆う。
彰子にまで辛い思いをさせてしまった。
全ては自分が犯した失態のせいで。
なのにあの子は優しい笑顔を自分に向けてくる。
自分には、もうそんな資格、ありはしないのに。
偽りなき、心からの笑顔が、逆に天一の心に深く突き刺さる。
彰子の頬には、まだ傷跡が残っている。
自分がもっと気をつけていれば、もっと注意していれば、彰子があんな傷を負う事もなかったのだ。
なんどその傷をわが身に移そうといっても、決して聞き入れる事をしない彰子。
ほんの小さな傷だから、と笑っているが、その優しさが辛かった。
天一はそのまま泣き崩れる。
「天貴!」
と、己を呼ぶ声が聞こえた。
振り返るまもなく抱きしめられる。
「・・・・・・・・・朱雀」
「天貴、なにかあったのか?」
天一は口をつぐむ。
それはいつもの理由だと肯定する沈黙だった。
「・・・・・・・・天貴、お前が自分を責めることはない。
お前は優しい。だが、それだけ自分を痛めつければ、もう十分だろう?」
「でもっ!私がもっとしっかりしていれば・・・・・・・」
見る見るうちに、新たな涙で天一の瞳が曇る。
朱雀は、天一を抱く腕に力を込めて、そっと囁きかける。
「・・・・・・・・・・・・・・・天貴、俺はお前に泣いて欲しくはない。・・・・・・・・・だが、
たとえ泣いたとしても、一人で泣く事だけは、しないでくれ・・・・・・・・・・・・・・っ!」
「・・・・・・・・朱雀・・・・・・・」
天一は、朱雀の腕の中で声を殺して泣き崩れる。
ああ、私にもっと力があれば、主の苦痛を癒す事ができたのに。
彰子姫に傷を負わせることもなかったのに。
十二神将の中で、唯一人の苦痛を癒すすべを持つ自分。
しかし、本当にその力を必要とする時に限って、自分は無力でしかないのだ。
天一が笑顔を忘れた理由。
それは、無力な己に対する、自責の念からだった。
そんな天一を、朱雀はただ黙って見ているしかない。
天一の泣き声は
響く事はなくとも
曇った空の中、
たしかに晴明や、神将、昌浩達の心に届いたのだった。
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あとがき
11巻読んで、これだあ!!!と思い、突発的に書いたのがこれです。
これのいったいどこが朱雀×天一なんでしょうねぇ・・・・。
どっちにしろ、この二人をまじめに書いたら、シリアスにしかなりません・・・・。
天一は、優しい分、苦しんでると思ったんですよ。
※これは、11巻読んで華月が勝手に考えた話ですので、
次巻がこうなるとはかぎりません!!