二話「怪しの話」

 

 

 

 

 

昌浩は行成からの用事の旨をえじに伝えると、物の怪と共に祠があるという場所へ急いだ。

「こっちだったよね、もっくん」

「おう。次は朱雀大路を突っ切るぞ」

昌浩達は息を切らせながら祠へと急ぐ。なぜか妙な胸騒ぎがするのだ。

昌浩は自分を過大評価しているわけではない。

むしろ、まだまだ半人前である自分よりも、敏次たちのほうが優れた陰陽師であると思っている。

――――――――――真実は違うのだが。

そんな昌浩だが、一応陰陽師である以上、自分の直感は信じてもいいと思っている。

そのおかげで幾度も救われたのだ。

 

 

だんだんと人影がまばらになる。

心なしか己の左右に立ち並ぶ家々も、どこか寂びれた印象をあたえた。

無意識のうちに足が速まる。

と、突然視界が開けた。

今まで左右に見えていた家屋は消え、鬱蒼とした森が眼下を支配する。

その緑の世界を背に、どっしりと大きな祠が立っていた。

昌浩は突然の視界の転換に一瞬息を飲むが、やがてゆっくりと近づいていった。

「もっくん・・・これが、行成様が言ってた祠かな?」

「ああ、たぶんそうだろう。しかし、たかが人間の女を奉っているにしてはずいぶん大きな祠だなあ、こりゃ」

「うん・・・・もっくん、おかしいよ。だって水晶は毎年収められてたんだろ?なのに・・・・霊力がまるで感じられない・・・」

気づいたとたん、心臓が早鐘を打つ。

昌浩たちの顔に緊張が走った。

ゆっくりと膝を折り、祠の扉に手をかける。

緊張のせいか、昌浩の手には冷や汗がにじんでいた。

「気をつけろよ、昌浩。何があるか分からんからな」

そう言って物の怪も昌浩の隣に歩み寄る。

昌浩が扉を開こうとした、その時――――――――――――――――――――――

バチィッッ!!

「つっっ・・・!?」

昌浩の手が何かによって阻まれた。

青白い火の粉さえ撒きながらなおも昌浩を阻もうとするそれは、昌浩が触れたところから小さく歪む。

しかし、それも一瞬のことで、祠全体を円形に覆う何かが見えたとたん、歪みは戻り、空気に溶け込むようにして見えなくなった。

「なっ・・」

「結界かっ・・・!!」

反射的に祠に触れた手を引き戻した昌浩は、今しがた目の前で起きた情景に息を飲む。

それは明らかにおかしかった。

その祠を覆っているのは明らかに結界であるのに、昌浩にさえ、その結界の存在を気づかせなかったのだ。

「もっくん・・・どういうことだ?」

「さあな。・・・ともかく、これではっきりした。この祠には行成が語った話より、もっと厄介な秘密がありそうだ。・・・・・・ん?」

その時、キイッっという音がしたかと思うと、昌浩たちが胡乱げな視線を向ける中、祠の扉がゆっくりと開いた。

両開きの扉は妙にゆっくりと、その内を眼前にさらけ出す。

そこにあったのは無数の水晶だった。

大きな祠の中に、所狭しと水晶の勾玉が並べられている。

場所が足りないのか、壁にかけられているものもあった。

勾玉は未だ透き通った輝きを放つものから、その透明感は失われ、白くくすんだものや、ひび割れているものもある。

掃除をしている人がいるのだろうか、祠の中は思ったよりも綺麗だった。

「・・・・うわあ」

「すげえなこりゃ。これだけの水晶があるだけあってとんでもない霊力だ」

祠の中からは昌浩の手にある勾玉とは比べ物にならないほどの霊力が満ちていた。

晴明の霊力ほどではないにしろ、並みの陰陽師では持ち得ないほどの力だ。

「あれ?これだけの霊力が満ちてるのに澄んだ感じがしない・・・」

「ん?そういやそうだな」

霊力は強ければ強いほど冴え冴えと澄み渡るものだ。

なのに、この祠の中からは澄んだ霊気が感じられない。

これはいったい―――――――――――

「どっちにしろ、この祠には絶対に何かある。昌浩、その水晶をさっさと置いて詳しく調べたほうがいい」

「うん、そうだね。・・・・・あれ、これは・・」

昌浩が水晶を納めようとしたとき、ふと目に付いたものがあった。

祠の中心、ちょうど昌浩の目の前に、細かく印が掘り込まれた水晶があった。

大きさは周りに置いてある水晶とさほど変わらぬ程度。

しかし、日の光が当たると、その表面に掘り込まれた印がよく目立つ。

「もっくん、これ・・・」

「何だこれは?俺にも見覚えがないな」

「神歌か何かかな?それにしては古い文字だけど・・・」

昌浩は首をかしげてその水晶を見つめる。

ドクン

「えっ・・・・」

「ん?どうした、昌浩」

その時、かすかにその水晶が脈打ったかのように見えたのだ。

昌浩はその光景に息を飲む。

しかし、あらためて見た水晶には何の変哲も見当たらない。

「・・・・・ううん、何でもない」

たぶん見間違いだろうと、昌浩は心の中にかすかに引っかかった不安を無理やり内に押しとどめた。

祠の中に、水晶の勾玉を半ば投げ入れるようにして納めると、昌浩は祠の扉を閉める。

とたんに霊力が感じられなくなった。

「早いと仕事済ませて帰ろうぜ。どうせこの祠について探ってみるんだろ?」

物の怪が助走もなしに昌浩の肩に飛び乗る。

昌浩はそれを確認すると、急ぎ足で歩き出した。

「うん。・・・・今回ばかりはじい様に聞いてみないとだめかぁ」

「・・・・そういえば、これほど怪しすぎる話をなんで晴明は今までほおって置いたんだ?」

「あれ、そう言えばそうだよねえ」

あのたぬき爺がこの祠のことを知らないはずもない。

昌浩はそんなことを思いながら顔をしかめる。

昌浩たちの疑惑は深まるばかりだった。

 

 

 

そんな昌浩たちの後ろ、祠の中で、印の刻まれた水晶が密かに脈打ったことを知る者は――――誰もいない。


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あとがき
  やっと本編らしくなってまいりました;
  これを書いているとき、ふと「もっくんってどんな話し方だったっけ・・・?」
  となってしまい・・・・。
  物の怪の話し方がおかしいのはそのせいです。
  はい、すいません・・・。
  まだまだ続きます。