・・・・・・・・・・陰陽師
私の大切なものを奪ったもの・・・・・・
そして今、私が大切なものを取りもどすために邪魔なもの・・・・・
ならいっそ、根絶やしにしてしまえばいい・・・・・・・・・・・
私の邪魔をする者達を・・・・・・・
第一話「ある祠と深き水晶」
「っふーーー。今日も忙しいねえ」
「そうだなあ。へばるなよ、晴明の孫」
「孫言うな!物の怪のもっくん!!」
「もっくん言うな!」
昌浩と物の怪は、軽口をたたきあいながら陰陽寮の中を駆けずり回っていた。
最近やたらと忙しい。
というのも、そろそろ行事が多くなってくる季節だからである。
雑用は全て下っ端に回ってくるので、昌浩は休む暇もないのだ。
「昌浩殿、すまないが清めの札を用意してもらえないだろうか」
「はい、かしこまりました。終わったらどちらに届ければよいでしょう?」
「ああ、陰陽博士のところへ頼むよ」
「分かりました」
通りすがりに呼び止められては何かを頼まれ、昌浩の仕事は積み上がるばかりで一向に減らない。
さすがの昌浩も目の下の隈をつくっていた。
「まったく、なにが『すまないが・・・』だ。すまないと思うなら頼むなーーーっ」
物の怪は仁王立ちで歩きながら憤慨している。
そんな物の怪を見ながら、昌浩は苦笑するばかりだ。
「まあまあ、俺下っ端だし、仕方ないよ」
言いつつ昌浩はよろよろと足を進めている。
息づかいも荒くなっているようだ。
「大丈夫か?昌浩」
「大・・・丈夫。あと少しだし」
いや、大丈夫じゃないだろう。
と、物の怪は心の中でつっこんでいた。
昌浩は平静を装っているようだが、繕いきれないほどその顔は疲労に満ちていた。
本人は自覚していないようだが、足元がいつもよりおぼつかない。
こりゃ本格的にどうにかしてやらんと・・・、と物の怪が心の中で思案していた時、またまた昌浩に呼び声がかかった。
「やあ、昌浩殿」
「へ?----------ゆっ行成様!?すっすいません、気づかなくて」
「いやいや気にしなくてもいいよ。・・・・・・・・それより大丈夫かい?昌浩殿。
目の下に大きな隈ができているが」
声をかけてきた行成は心配そうに昌浩の顔を覗き込む。
一方の昌浩は、すっとんきょんな返事をしてしまった事に慌てまくっていた。
まっ心配されるのも無理ないわな、と物の怪はため息をついている。
「少し頼みごとをしたかったのだが・・・・・君はもう休んだ方がいいようだね」
「そっそんな!大丈夫です、何の御用ですか?」
「そうかい?なら頼もうか。実はこの水晶の勾玉をある祠に収めてきてほしいのだが・・」
「勾玉、ですか」
行成は懐から親指程度の大きさの水晶の勾玉を取り出した。
見事に磨き上げられたその勾玉は深い泉のそこを思わせる輝きを放ち、なぜか霊力を漂わせていた。
「行成様、この水晶・・・・・・」
「さすが昌浩殿だね。気づいたかい?」
「はい。・・・・・・・強い霊力が込められていますね」
物の怪は水晶を認めて首を傾げる。
確かに霊力は強いがこれは一人のものではない。
何人もの霊力が一つとなって、この勾玉に込められているようなのだ。
ただの供えとしてならここまでする必要はあるまい。
では、なぜ--------------------?
「そうか、昌浩殿は初めてだったね。
この水晶の勾玉は右京のはずれの祠に毎年納められているんだよ」
「いったい何のためですか?ただの祠に収めるにしてはずいぶん強い力が込められていますが----------」
昌浩が首を傾げると、行成は笑いながら腕を組んだ。
「その祠にはね、ある昔話があるんだよ」
「?昔話、ですか?」
「ああ。その祠に祭られているのは柚沙という女性でね。
彼女には昔、それはそれは仲睦まじい恋人がいたのだが、ある陰陽師にその恋人が呪詛をかけられてしまってね。
その方は七日七晩苦しまれたそうだ」
「陰陽師が・・・・・・・人に呪詛を?」
昌浩は苦い顔をする。
確かに陰陽師は貴族などに頼まれて呪詛を行う事はある。
だが、私情で呪詛を行うものはいない。
そういったものは陰陽師として犯してはならない領域に入り込んでいるからだ。
きっとその呪詛にも何か理由があったに違いない。
そんな昌浩の顔を見て、行成は苦笑する。
「そんな顔をしなくてもいいよ。
呪詛を行ったのも、その方が陰陽師に呪詛を命じた貴族の方の地位を無理やり奪って上へ上り詰めていたからなんだよ。
ずいぶん恨まれる事をしていたようだ。
結局その方は八日目に亡くなられ、その柚沙という女性はたいそう悲しんだそうなんだが、
呪詛を行った陰陽師にこう言ったそいだよ。
『私の彼の人の過ちを正していただき、ありがとうございます。
彼の人が天にて過ちを償えるのもあなたのおかげ。
これでよかったのです』
とね。それ以来柚沙という女性は陰陽師に感謝し続け、お亡くなりになられた後も、
恩を返そうと、この陰陽寮を加護してくれているんだ。
そのお礼に、彼女を祭った祠を作り、毎年彼女が好きだった水晶を納めているのさ」
行成りはいい話だろうと笑う。
昌浩もそうですね、と返した。
行成は昌浩に水晶を渡し、祠までの道のりを教えると、それではね、といって去っていった。
昌浩は笑顔で見送っていたが、行成の姿が見えなくなると、その表情を一変させた。
「もっくん・・・・」
「ああ。明らかにおかしな話だな。
どうして恋人を呪った陰陽師に感謝するんだ?
死した後も陰陽寮を加護しているというのもおかしい。
これは何かあるぞ」
「うん。とにかく、その祠に行ってみよう」
「おう」
昌浩と物の怪は踵を返して祠へと向かう。
その顔からは先ほどの疲れは微塵も感じられなかった。
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あとがき
というわけで、連載スタートです。
分け分からん、という方も多いとは思いますが、どうかお付き合い願います。